2015年3月29日主日礼拝報告

メンバーのMさんが献げてくださったお花

メンバーのMさんが献げてくださったお花

教会の暦では「棕櫚の主日」でした。次週がイースター(復活日)です。

第1部はこどもの礼拝。新約聖書・ヨハネによる福音書20章11~14節の言葉を読みました。牧師から「うしろ?」というタイトルでお話をしました。

第2部の礼拝では新約聖書・マルコによる福音書1章21~28節を読んで、牧師から「この人から出て行け」というタイトルでお話をしました。

(以下、牧師のお話の要約)

「この人から出て行け」

「ダルク」という、薬物依存者のための民間の回復施設があります。そのひとつ「東京八王子ダルク」の施設長・加藤隆さんの体験談を読みました(大山典宏『隠された貧困』)。最初は中学二年の時のシンナーだったそうです。学校でいじめられないように気を遣い、誘われるままに手を出してしまいます。断ることができなかったのです。志望校ではなかった定時制の高校に行っていたときに、中学の先輩に誘われて覚せい剤に手を出します。そこからは嘘と裏切りと借金の連続です。覚せい剤を手に入れるためには何でもしました。逮捕されても、拘置所を出たその日に手を出して、すぐに元の状態に戻ってしまいます。人間関係はすべて壊れました。入院しても覚せい剤を止めることができません。そして警察に行くか、「ダルク」に行くかという選択を迫られて、「ダルク」に行くことになります。その後、就職して自立しますが、職員として「ダルク」に戻ることになって、今は施設長として働いておられます。でも今も薬を止め続ける生活であることに変わりありません。集団の中で自分の身を守ろうとするのは普通のことです。人の勧めを断ることができないなんていつでも誰にでもあることです。そんなささいなきっかけで薬物依存は始まるのです。

福音書の著者マルコは、イエスの最初の活動のさなか「汚れた霊」に憑りつかれた男が訪ねてきたことを語っています。「汚れた霊」が何なのかよく分かりませんが、それが男の人生をおかしくしてしまっていることは分かります。男に憑りついた霊は汚れていると考えられているので、人々は誰もこの男に近づかなかったはずです。だから男は孤独です。例えば薬物依存も現代の「汚れた霊」だとは言えないでしょうか。人のすべてをおかしくしてしまうという意味で、薬物などへの依存症は「汚れた霊」と同じではないかと僕は思います。

薬物依存の回復施設「ダルク」が大切にしているルールがあります。それは1日2回から3回のミーティングに必ず参加することです。ミーティングはすべが「言いっぱなし、聞きっぱなし」です。語る人の成功も失敗も愚痴も泣き言もすべて受け入れるのです。

「汚れた霊」に取りつかれた男にイエスは「この人から出て行け」(25節)と言います。「この人から出て行け」という言葉は、実は人を受け入れる言葉ではないでしょうか。他の人々なら「ここから出て行け」というところです。でもイエスは男自身を否定することなく、男と「霊」を切り離して、男のすべてを受け入れるのです。例えば、薬物依存者をその人自身と薬物依存に切り分けて考えることがわたしたちにはできるでしょうか。決して簡単なことではありません。薬物依存ではなくその人自身を否定してしまったり、その人を支援するつもりで薬物依存を助長させてしまったりすることの方が多いのではないでしょうか。でもイエスは「この人から出て行け」という言葉によって、霊によって「汚れている」(と考えられた)人ではなくてその人自身に寄り添っています。

人々はイエスの行いを見て、それを「権威ある新しい教えだ」(27節)と言います。これは、二千年ほど前にカファルナウムという小さな町で起こったと言い伝えられている出来事が、ただ一度きり過去に起きた奇跡に過ぎないというのではなくて、今を生きるわたしたちにとっても大切なイエスの教えだということです。人を苦しめるものは、ほとんどの場合その人自身ではないと思います。依存症にせよ、病にせよ、障害も老いも、その人自身とは別のものです。でもそれらをその人自身から切り離すこともとても難しいことです。わたしたちはついつい、その人を苦しめる何かがその人自身であるかのように見てしまうのです。わたしたちは、その人自身とその人を苦しめる別の何かを切り分けて、その人自身を見るということを学びたいと思います。

(以上、牧師のお話の要約)

次週4月5日は教会の暦ではイースターです。イエスの「復活」を記念し共に祝いましょう。礼拝で「聖餐式」を行います。聖書箇所は新約聖書・使徒言行録24章14~16節、牧師からのお話のタイトルは「正しくない者の復活」です。どなたでもぜひご参加ください。

礼拝後はイースターの愛餐会を行います。持ち寄った食べ物、演しものなどを分かち合いましょう。参加費は無料です。どなたでもぜひご参加ください。

報告:山田有信(牧師)

2 Comments

    • コメントありがとうございます。大阪淡路教会はプロテスタント教会です。日本キリスト教団に属しています。

admin へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトは reCAPTCHA と Google によって保護されていますプライバシーポリシー利用規約 申し込み。