沿革

  • 会堂ステンドグラス (「世の光」「地の塩」を表わしています)

    会堂ステンドグラス
    (「世の光」「地の塩」を表わしています)

    1909年 出入り橋(堂島)付近に「梅田弘道館」として設立
    「弘道館」は小規模な教会(伝道所)を示す名称

  • 1912年 北梅田に新会堂を建て「梅田教会」となる
    現グランフロントのあたりのようで、ステーション教会と呼ばれていた
  • 1927年 浦江(淀川近く)に移転
    梅田の貨物駅拡張のための移転。不便な場所となった
  • 1945年 空襲のために会堂を焼失
    尼崎教会との関係があったのは伺えるが、定かではない
  • 1947年 尼崎教会と合同
    欧米教会の復興支援を受けるためには二つ以上の教会が合同することが条件だった
  • 1950年 大阪淡路教会として再建
    旧梅田教会の28名が自分らの教会を持ちたい想いから会堂を建築
    その苦労は聖愛園で行われる歴史劇「聖愛ヒストリー」で演じられている
  • 1953年 教会が運営する幼稚園「聖愛園」を設立
  • 1972年 幼稚園「聖愛園」が「障がい児」2名を受け入れる
  • 1975年 「聖愛園」を保育所として社会福祉法人「路交館」に移管-会堂、園舎を鉄筋で新築

 
大阪淡路教会の創立は1950年11月ですが、その歴史は1909年、旧組合基督(キリスト)教会に属する梅田基督教会の創立にさかのぼります。梅田基督教会は、戦後に尼崎教会と合併して存在しなくなりますが、梅田基督教会の再建を志す人々がいて、その人々の手によって「梅田教会の再建教会」として設立されたのが大阪淡路教会です。

大阪淡路教会は1953年の4月に幼稚園聖愛園を設立。聖愛園が1972年9月に初めて2名の「障がい児」を受け入れたところから「障がい児」共同保育が始まります。

そしてそれは社会福祉法人路交館の設立へとつながっていくのです。

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