2018年10月7日主日礼拝報告

淡路教会聖餐卓

「イエスは黙り続け何もお答えにならなかった」(新共同訳新約聖書・マルコによる福音書14章61節より)

マルコによる福音書によると、捕らえられ、大祭司に尋問されても、イエスはほぼ何も答えない。イエスを死刑にしたい人々が偽証しても反論しない。なぜだろうか。

身に覚えがなければ「そんなことは言ってない、していない」と否認してもよいはず。大祭司をはじめとする神殿体制をあくまでも批判するなら、多くの人々が苦しめられていることを訴えて、この場でさらに批判を加えてもよいかもしれない。否認も、批判もしなくても、自分の境遇を嘆いてもよいはずだ。イエスの仲間はみな逃げてしまったのだから。だがイエスは何も言わない。

世界聖餐日には、世界中の教会が一緒にパンと杯を分かち合う。パンと杯は、キリストの身体であり、血であるとする。この身体と血を、人は見ることができるけれども、この身体と血はやはり何も語らない。だが、このパンと杯を分かち合い、共に食し、イエスを想い起すことを通して、イエスは一人一人それぞれの心に何かを語るのかもしれない。

以上、牧師からのお話から

教会の暦では「世界聖餐日・世界宣教の日」でした。礼拝後には、「教会こどもカフェ」(コーヒー100円)、クリスマス・イブ礼拝(12/23)で歌う讃美歌(英語、ハングル、日本語で「きよしこのよる」、「まきびとひつじを」)の練習。どちらも毎週行っています。讃美歌練習にはどなたでもぜひご参加ください。イブ礼拝当日来られない方もOKです。

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