2016年7月31日聖霊降臨節第12主日礼拝報告

細馬宏通『介護するからだ』(Amazonより)

細馬宏通『介護するからだ』(Amazonより)

教会の暦では聖霊降臨節第12主日でした。

第1部のこどもの礼拝では新約聖書・マタイによる福音書5章9節(新共同訳新約聖書・6ページ)を読み、メンバーのKさんが「ひろしまのピカ」という絵本を読み聞かせてくださいました。

第2部の礼拝では、新約聖書・マルコによる福音書4章33~34節(新共同訳新約聖書・68ページ)を読み、牧師から「世界に向かって」というタイトルでお話をしました。

(以下、牧師のお話の要旨)

 「世界に向かって」

『介護するからだ』

細馬宏通さんという方が書かれた『介護するからだ』という本を読みました。介護現場などで起こった出来事をビデを撮影し、それをコマ送りで見ながら細かく分析する内容の本です。例えば、認知症高齢者への食事介助をする場合に、アルバイトの学生さんとベテランの職員さんとで何がどのように違うのかが明らかにされていました。ベテランの職員さんは、利用者さんの身体が発する、口を閉じたり、差し出される箸から口を遠ざけたりという小さなサインを読み取って、すばやくそれに対処しながら、食べる意欲を持続させ、しかも時間を必要以上にかけずに食事をとってもらうのです。ビデオのコマ送りによってその様子が詳らかにされます。とても興味深い内容の本でした。

イエスと相手

イエスは大勢の聴衆がいなくなった後、弟子たちに対して改めて語り直していたようです。これは、多くの人には語らなかったような内容を弟子たちだけには語ったということではなくて、状況と場面に応じて、相手に伝わるようにイエスは語っていたということです。介護の現場で、目には留まらない、言葉にはならない、しぐさやふるまいに身体が応えて、介助者と被介助者が互いにやりとりを成り立たせているように、イエスと弟子たち、イエスと聴衆の間にもきっとそういうことが起こっていたんだろうと思います。そうでないと、通じ合うという出来事は決して起こらないのではないでしょうか。

世界を作り続けよう

先週、相模原の障害者施設で事件が起こりました。詳しいことはまだ何もわかりません。容疑者と自分との間に線を引いて、「あいつとは違う」と言うことも可能でしょう。でも、いくら線を引いたとしても、あの容疑者とわたしたちはきっとどこかでつながっているはずです。「この人に生きている価値はあるんだろうか」などと考えたことのない人は、きっとほとんどいないだろうと思うからです(容疑者に対してまさにそう思ってしまっている自分がいます)。諦めないで、世界を作り続けたい。言葉のやり取りにもならず、ビデオのコマ送りでしか見えない、あるいはコマ送りでさえ見ることができないような、小さな細かいやり取りが、人と人のつながりを生み出して、この世界を作るんだと思います。息を整えて、粘り強く相手と呼吸を合わせて、諦めないで、細かいところに目を配って、目に見えない何かを想像して、踏ん張り続けて、そこに立って、楽しい世界を作り続けたいと思う。

(以上、牧師のお話の要旨)

次週8月7日(日)は聖霊降臨節第13主日・平和聖日です。聖書個所は新約聖書・マルコによる福音書4章35~41節(新共同訳新約聖書68ページ)です。讃美歌は、『改訂版こどもさんびか』から34と100番、『讃美歌21』から372と564です。どなたでもぜひご参加ください。

礼拝後は焼き肉パーティー(こどもお泊り会)を予定しています。どなたでもぜひご参加ください。

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