2014年6月1日主日礼拝報告

教会の暦では復活節第7主日でした。

ロトの妻、ソドムとゴモラを振り返る(The Brick Testamentより)

ロトの妻、ソドムとゴモラを振り返る(The Brick Testamentより)

第1部、子供の礼拝の中では、旧約聖書・創世記19章15~29節を読み、牧師から「ソドムとゴモラ その2」というタイトルでお話をしました。神は正しい者を救う意志があるのでしょうか。悪を滅ぼすことは神の正義なのでしょうか。人がそれを勝手に決めることはできないのかも知れません。でも神は見ている、ソドムとゴモラの物語は、そう語っているような気がします。

第2部の礼拝では、新約聖書・使徒言行録18章18~22節を読んで、牧師から「意を決して」というタイトルでお話をしました。

(以下、牧師のお話の要約)

「第二回宣教旅行」の終わりに、使徒パウロは、一年半にわたって滞在していたコリントを離れて、エルサレムへ向かいます。パウロがなぜ、突然エルサレムへ向かったのかよく分かりません。また、エルサレムへ出発する前に、パウロは誓願を立てていた(18節)ようなのですが、いったいどういう誓願だったのか、またなぜ誓願を止めたのか(願いがかなったのか、あきらめたのか)、これまたよく分かりません。

使徒パウロの第二回宣教旅行(日本聖書協会・gloより)

使徒パウロの第二回宣教旅行(日本聖書協会・gloより)

アンティオキア教会から始まったパウロの宣教旅行の直前に、エルサレムで「使徒会議」と呼ばれる教会会議が行われました。そこで決められたことは、異邦人(ユダヤ人・ユダヤ教徒でない人々)に、ユダヤ人男性が必ず行う「割礼」は必須ではないということ、そしてエルサレム教会の貧しい人々のために献金をしてほしいということでした。パウロは、「割礼不要」のお墨付きと、献金を集めるという使命をもって宣教旅行に出発したのでした。宣教旅行の序盤の活動はまずまず順調だったようです。でも、小アジア地方の町ではパウロはなぜか何もできませんでした(使徒言行録16章)。また、ギリシャに近いフィリピの町、ギリシャ地方のテサロニケ、アテネでは、暴動が起きたり、投獄されたりと、パウロの活動がうまく行っていたとは言えません。例外的にコリントという町には、パウロは長期滞在することになりますが、でもコリントにたどり着いた時、活動資金は底をついていたようです(パウロはテント職人として働いています)。そのコリントを出発してすぐに、パウロは誓願を終え、船でエルサレムをめざし、エルサレムによって、アンティオキアに戻るのですが、この間のことは詳しく語られていません。

エルサレム教会への献金を約束していたこと、パウロが誓願を立ていたこと、コリントで一年半も過ごしたこと、宣教活動があまりうまく行かなかったこと、これらのことは関係があるのではないでしょうか。約束していた献金が集らなかったことが影響しているんじゃないでしょうか。パウロは献金のことを願っていたのですが、諦めて、誓願を止めて、意を決して、エルサレムへ行ったのでしょう。でもパウロの宣教旅行で献金が集まらなかったことを語るのは、使徒言行録の著者には憚られたのではないでしょうか。

姜尚中さんという政治学者が書いた『悩む力』という本に、こんな言葉があります。「私が私として生きていく意味を確信したら、心が開けて来ました。〈中略〉私は意味を確信している人はうつにならないと思っています。だから、悩むこと大いにけっこうで、確信ができるまで大いに悩んだらいいのです。中途半端にしないで、まじめに悩みぬく。そこに、その人なりの何らかの解答があると私は信じています」(一六〇頁))。

使徒パウロも、エルサレム教会への献金を集めなければならないというプレッシャーの中で、うまく行かない宣教旅行の中で、まじめに悩んだんじゃないでしょうか。コリントの町で、生計を立てるために働きながら、次に進むことも、諦めることもできずに、何かがうまく行くことだけを願いながら、でも何一つうまく行かない、そんな中で、パウロは悩み抜いたんじゃないでしょうか。

パウロのことですから、何もうまく行かない宣教旅行の中でも、ずっと十字架のイエスのことを考えていたと思います。あのイエスもまた、その活動がうまく行ったとは言えません。イエスが願ったのは、旧約聖書の律法やエルサレム神殿に縛られることなく、病人だろうと、障害者だろうと、嫌われ者だろうと、人がみんなその人らしく生きて行くことが、当たり前にできるそんな世界でした。そういう神の国が今、近づいてきていると、イエスは信じたんです。でも現実はそうではありませんでした。一人の人が、人に貼られたレッテルに苦しむんじゃなくて、その人らしく、ありのままに生きて行くことは、神にとって当たり前のこと、普通のことなはずなのに、イエスの生きた世界には、エルサレムの町には、それを邪魔する力が満ち溢れていたんです。そのことにイエスは悩み苦しみながら、神に祈ります。そして、結局イエスは、その願いもむなしく、十字架で死んでいくことになってしまいます。

でもパウロは、そんなイエスが蘇って、いつも自分と共にいると確信していました。そんな苦しむイエスと共に悩み抜いたんだと思います。そして悩む中でパウロは、「私が私として生きていく意味を確信」したんじゃないでしょうか。何にもうまく行かない、人に合わせる顔がない、でも、「わたし」パウロは「わたし」として生きていくんだ、そのことを引き受ける決心をしたんじゃないでしょうか。長い長いパウロの第二回宣教旅行、その道行の半分が、わずか五節の文の中で語られている背景に、パウロの深い深い悩みと、そして悩み抜いた末にたどり着いた決意を、僕は見る思いがしています。

(以上、お話の要約)

次週はペンテコステ(聖霊降臨日)です。礼拝の中で聖餐式を行います。礼拝後には、ペンテコステを記念して、茶話会を行います。どなたでもぜひご参加ください。また、午後2時30分からは、島之内教会の牧師就任式が行われます。次週の聖書箇所は旧約聖書・ヨブ記20章1~11節、牧師からのお話のタイトルは「悪が滅びるとは限らない」です。

報告:山田有信(牧師)

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