2014年6月15日主日礼拝報告

教会の暦では三位一体主日でした。

第1部、子供の礼拝の中では、新約聖書・マタイによる福音書14章17~21節を読みました。メンバーのOさんが「五つのパンと二匹の魚」というタイトルでお話くださいました。神さまは、女と子供という理由で、人を飢えさせたりはしないと信じます。

第2部の礼拝では、新約聖書・使徒言行録18章23~28節を読んで、牧師から「神の道はどこにある?」というタイトルでお話をしました。

(以下、牧師のお話の要約)

今日の聖書箇所にはアポロという人物が出てきます。あまり詳しいことは分かりませんが、このアポロは、地中海の南側、アレクサンドリア出身のキリスト者・クリスチャンで、旧約聖書に詳しい人だったようです。新約聖書には、エルサレム~アンティオキア~アジア地方~ギリシャ地方と回った、地中海の北側のパウロの宣教旅行のことばかりが記されているので、聖書を読む者は北回りのキリスト教のことしか知りません。でも、地中海の南側を伝わって行ったキリスト教があったことも知られています。アポロはたぶんその流れの中でキリスト者・クリスチャンになった人だったと思われます。

先週、日本キリスト教団部落解放センター主催の「部落解放全国活動者会議 in 会津」に参加しました。その会議の中で、福島第一原子力発電所の爆発による災害に関係した、一人の住職の証言を聴きました。

同慶寺(http://www.fukutabi.net/fuku/minamisouma/doukei.htmlより)

同慶寺(http://www.fukutabi.net/fuku/minamisouma/doukei.htmlより)

その住職は、第一原発から北に30キロくらい離れた、南相馬市というところにあるお寺の住職で、福島出身の方でした。震災の起こった2011年の3月11日には、すぐに山に避難をして津波の難を逃れたそうです。お寺は何とか残ったそうですが、檀家さんがたくさんいる町の方は、かなりの部分が津波の被害を受けました。その後、福島第一原発が炉心や使い終わった核燃料を冷やすことができなくなったということを知って、そうなってしまうとすぐに大惨事になることを前から知っていたその住職は、家族を連れて、西の方へ避難することにしたそうです。で、その時に住職は、お寺の近所の方々や、檀家さんたちにも「避難した方がいい」と呼びかけたそうなんですが、みんな、なかなか住職の言うことを信じてはくれなかったと言っていました。「原発は安全だ」という言葉をみんな信じていたんですね。それで、住職は自分の家族を連れて、原発が冷却できるようになったら戻って来ると言い残して、会津、長野県、福井県と車で避難しました。その間に、福島第一原発では、ご存じのように次々と炉心が溶けて爆発が起こりました。福井では、その住職自身がかつて修行をしていた本山のある町のホテルと交渉して、そこを解放してもらって、そこにご家族は二年間避難生活していたそうです。でもその住職は、そうした避難途中でも、南相馬で動きが取れなくなっている仲間のために、電源がなくなって、暗闇の原子炉で作業を続けている檀家さんたちのために、車にガソリンを満載して支援に行ったり、家族を福井に残して、2年の間に実に144回、福島との間を往復したんだそうです。でも二年経って、福島のいわき市というところに戻って来て、今は、いわき市から南相馬のお寺まで、毎日、往復6時間かけて、通っているということでした。いわき市というのは、福島第一原発から南に40キロぐらいのところです。ですから、毎日車で、放射線量の高い、第一原発の近くを通って通勤しているということです。南相馬市は、まだ「避難指示解除準備区域」に指定されていて、住んだり泊まったりすることはできないんですね。車のドアには、放射線を遮る重い鉛の板を貼っていると言っていました。

震災後間もなく南相馬市のお寺には入ることが許可されなくなったそうです。でも、檀家さんたちは、自分の家に出入りできるようになると、南相馬に戻って来ます(日帰りです)が、それぞれは別々に避難所に居たり、仮設住宅に住んでいたりですから、普段はバラバラなんですね。農作業はできない、仕事もないし、他にやることもない、狭い仮設住宅の中で身動きも取れない。中には家族全員で一緒に避難している人たちもいるそうですが、そういう家族でも、町の他の仲間からは分断されているわけです。で、その住職は、そういう檀家さんたちを集めて、お寺の片付け、掃除をみんなでやろうと考えて、役所に怒鳴り込んで、なんとか許可を取り付けたそうです。そして、そのお寺の掃除が、今は檀家さんたちの交流の場、心の拠り所になっています。掃除に集まった皆さんは、本当に楽しそうで、喜んで作業をされるそうです。なかなか帰らないんだと言っていました(もちろん、毎日それぞれの避難先に帰らなければなりません)。お寺にお参りに来る人も、前より増えたそうです。それでも中には、自ら命を絶った檀家さんもいると言っておられました。

南相馬の家はどこも、ひどい有様だそうです。人間が居住しなくなった家や建物はネズミが支配しているそうです。ネズミの死体や糞尿の匂いが本当にきついということを言っていました。家に入るときはまず、笛を吹いてから入るんだそうです。ネズミを追い払うためなんですね。放射性物質を除染して取り除けば帰れるという簡単な話ではないと言っておられました。

今回の会議で一番よく分かったのは、僕自身が本当によく分かっていない、知らないんだと言うことでした。ただ聞いたことがないから、見たことがないから、報道されていないから、実際に経験していないから、だから知らないんだということ以上に、自分が知らないということを自分自身知らないんだなぁということを思わされました。情報として知らないのはもちろんなんですが、情報として知らないことに自分であんまり気づいてないと思うんです。知らないことを知らないから、だから、適当なところで思い込んで、判断して、決めつけてしまうんです。

例えば、わたしたちは、地中海の北回りのキリスト教が主流で、イエスからペトロ、パウロへとつながる流れだけが、キリスト教の流れだといつの間にか思っています。南回りのキリスト教のことはよく知らないないし、エジプトやアフリカの教会のことを知る機会もあんまりありません。でも、もしかしたら、南回りのキリスト教こそが、今につながるキリスト教なのかも知れないし、もしそうではないとしても、そこにはイエスこそ救い主、キリストなんだということを証言していた人々が確かにいたはずです。

今日わたしたちは、自分が知らないということを自分で知っておくことの大切さを心に留めたいと思います。神へと続く道は、そこにあるのかも知れません。

(以上、お話の要約)

次週は、教会の暦では聖霊降臨節第3主日、「主の食卓礼拝」です。礼拝の中で食卓を共にします。今回は、牧師から「部落解放全国活動者会議 in 会津」の報告をさせていただきます。どなたでもぜひご参加ください。

礼拝後は、讃美歌練習。また、午後2時30分からは、浪花教会の牧師就任式が行われます。

次週の聖書箇所は旧約聖書・ヨブ記20章12~22節、牧師からのお話のタイトルは「『わたし』を損なうもの」です。

報告:山田有信(牧師)

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