2014年7月27日主日礼拝報告

教会の暦では聖霊降臨節第8主日でした。

『へいわってすてきだね』(Amazonから拝借)

『へいわってすてきだね』(Amazonから拝借)

第1部の子供の礼拝の中では、新約聖書・ローマの信徒への手紙12章17~18節を読んで、メンバーのKさんが「へいわってすてきだね」という絵本を朗読して、お話をしてくださいました。沖縄の一人の少年の詩をもとに描かれた絵本です。「ああ、ぼくは、へいわなときにうまれてよかったよ。このへいわが、ずっとつづいてほしい。みんなのえがおが、ずっとつづいてほしい」(安里有生)。少年の祈りが実現するといいなぁ。

第2部の礼拝では旧約聖書・ヨブ記21章1~6節を読んで、牧師から「沈黙せよ」というタイトルでお話をしました。

(以下、牧師のお話の要約)

いろいろな沈黙があります。気心の知れた相手との間には、信頼で結ばれた暖かい沈黙(言葉を交わす必要がない)が成立することがあります。エレベーターや乗り物の中での気まずい沈黙もあります。相手を傷つけないための「やさしい沈黙」というものもあるそうです。

ヨブは友人たちに沈黙を求めています。「わたしに顔を向けてくれ。そして驚き、口に手を当てるがよい」(ヨブ記21章5節)。ヨブは友人たちに聴くことを求めます。これから、ヨブと友人たちの関係は、ますます険悪になって行くのです。ヨブが友人たちに求める沈黙は、少なくとも、相手に配慮したり、自分が傷つかないためのやさしい沈黙ではありません。ヨブは自分の正しさを信じています。その正しさの前で友人たちは黙るほかないというのがヨブの求める沈黙の意味でしょうか。

でも一方でヨブは、「わたし自身、これを思うと慄然とし/身震いが止まらない」とも言っています(ヨブ記21章6節)。ヨブは何かを恐れているんです。自信がないわけじゃありません。自分の言うことの中身を疑っているわけじゃありません。そうではなくて、ヨブは神を畏れているんです。ヨブが自分の正しさを主張することは、ヨブがこれまで信じて来たことに反するからです。ヨブ自身もかつては、神に従うことが正しいことで、神に逆らえば罰が当たると信じていたのです。ヨブは自分の言葉が神に対してどのような意味を持つのか、そのことを畏れているんです。

イエス・キリストは十字架につけられる前に沈黙します。マルコ福音書15章では、イエスはローマ総督のポンテオ・ピラトの問いかけ「お前がユダヤ人の王なのか」に対して、「それはあなたが言っていることです」と答えていますが、それきりイエスは、十字架の上で「なぜお見捨てになるのですか」と神に問いかけるまで沈黙します。イエスの沈黙はどのような意味を持つ沈黙でしょう。イエスはすでにゲッセマネという所で「この杯をわたしから取りのけてください」と祈りました。何とか、この苦境から救い出してほしいと願ったのです。そしてイエスは沈黙して、神からの語りかけをじっと待つのです。

ヨブが友人たちに求めた沈黙は、ヨブが神を畏れつつ、自分の正しいと信じることを堂々と主張するためでした。そして、イエスが見せる沈黙も、やはり神を畏れながら、その答えを待つための沈黙です。どちらも、神を畏れて、沈黙してその答えを待つ必要があるということを示すものだと思います。でも誤解しないで欲しいと思います。神の前で人が一方的に沈黙すること、そういうことが求められているんじゃありません。相手の応えを待つときは、沈黙して、その答えを待つ必要があります。でも、相手の応えによっては、こちらからまた問いかけなければなりません。イエスは「なぜお見捨てになるのですか」と再び問いかけました。これはつまり、神の応えを、イエスは受け入れられなかったということなんです。

一方的な沈黙が求められているのではありません。でも相手の言葉を知ろうとするとき、相手の気持ちを知ろうとするとき、人は闇雲に言葉を費やすよりも、沈黙を保つ必要があります。そして、相手の言葉、相手の気持ちを受け取ったら、今度はこちらがそれに応えるのです。沈黙を保つことは容易いことではありません。また、沈黙の意味をくみ取ることも難しいことです。「だまっていたら何も伝わらない」とわたしたちは思いがちです。でも沈黙の背後には、わたしたちのことを知ろうとする気持ちがもしかしたら、あるのかも知れません。沈黙はある意味、言葉よりももっと、多くのことを伝えたり、示したりするものではないでしょうか。沈黙の中に示される、互いに共に生きるための言葉を聴き取ることができますように。

(以上、お話の要約)

礼拝後は月末恒例のほっとコーヒータイム。今回も「ナザレのイエス」のDVDを鑑賞しました(第8回)。

次週は、教会の暦では平和聖日です。聖書箇所は新約聖書・マルコによる福音書1章40~45節、牧師からのお話のタイトルは「とつとつ平和に」です。どなたでもぜひどうぞ。

午後2時30分からは、東梅田教会で中部地区平和礼拝が行われます。

報告:山田有信(牧師)

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