教会の暦では降誕前第7主日でした。
淡路教会の主日礼拝は毎週子どもたちとの合同礼拝です。第1部のこどもの礼拝では旧約聖書・イザヤ書46章3~4節(新共同訳旧約聖書・1137ページ)を読み、Iさんから「HOKUSAI 北斎ものがたり」というタイトルでお話をしていただきました。
第2部の礼拝では、新約聖書・マルコによる福音書10章32~34節(新共同訳新約聖書・82ページ)を読み、牧師から「敗者の美学」というタイトルでお話をしました。
(以下、牧師の話の要旨)
「敗者の美学」
故郷のナザレに近いガリラヤだけで活動していれば、イエスも十字架刑に処せられることはなかったかもしれない。エルサレムからやって来る人々のイエスに対する言動や態度からして、もしエルサレムに行けばどうなるか、処刑されるとまでは思わなくても、よからぬことになるだろうということくらいはイエス自身にも分かっていたはずだ。だがそれなのに、イエスは都エルサレムへと向かう。独りで行くならまだよい。弟子たち他一行を引き連れてイエスはエルサレムを目指す。いったいどんな言葉で、恐れる一行を鼓舞して、あるいは言い包めて、イエスは出発したのだろうか。今日の聖書個所のイエスの言葉がそれに相応しいとは思えない。むしろ一行の恐れを増幅させるような内容である。
深堀道義著『特攻の真実』に、沖縄戦の空軍司令官であった菅原道大中将(著者の父)の回顧録が引用されている。日本各地から集められ、間もなく出撃して行く特攻隊には、陸軍の一般的な部隊にみられるような上官と部下の間の信頼関係もなく、「統率なし」の状態であったという。司令官であった菅原はそのような特攻隊の隊員たちにどのような言葉をかけて送り出したのだろうか。「今回の挙に参した諸子の行動は崇高な軍人精神の発露であって、肉体に死して霊に生き、現在に死して未来に生き、個人に死して国家に生きるものである。我等もあとを継ぐであろう、安んじて征け」。そう言って送り出したそうである。赦し難い。
イエスと菅原中将。一行を巻き込みながらも、結局一人処刑されたイエスと、多くの隊員を出撃させて死なせながら、自らは戦後を生き延びた中将を比較することは容易い。だが事態はそう単純ではないようだ。同時期の菅原中将の日記には自らの体調不良や睡眠障害のことが記されている。特攻隊の出撃については見送った程度のことしか記されていない。また先述の訓示も、最初のころにしたものであって、すぐにできなくなってしまったそうである。説得力のない空虚な訓示を続けることは、菅原中将にはできなかったのである。単に悲劇とも思えないし、誰かを責める気にもなれない。「なぜ」だけが頭を巡る。
先には死だけが待ち受けている。それが分かっているのなら、人は進むべきではないし、誰も先へ行かせるべきではないと僕は思う。だがそれが分かっていても、先に進むほかない状況が現実にある。イエスはエルサレムに何を観たのだろうか。勝利だろうか。それとも神の催す祝宴「神の国」の到来だろうか。それとも…
(以上、牧師の話の要旨)
次週11月19日(日)は降誕前第6主日です。聖書個所は旧約聖書・ルツ記1章1~7節(新共同訳旧約聖書421ページ)です。讃美歌は、『改訂版こどもさんびか』から3と97番、『讃美歌21』から237と463です。どなたでもぜひご参加ください。
礼拝後は会堂清掃、定例役員会を予定しています。